高橋卓二氏を偲んで

  • 2019.11.03 Sunday
  • 17:16

11月1日に「高橋卓二」氏が亡くなったという連絡を、複数の知人を通して受け取った。ちょっと前から「10月20日に心筋梗塞で倒れ、症状は...」といったような情報も受け取ってはいたが、やはりダメだったか...彼は私と同い年なはず。

 

昨夜は小樽市ゴールドストーンで、高校時代からの旧知であるギタリスト「(雷神)古俣」の「生誕60年記念ライブ」があり、AYA with HOT&COOLも出演した。でも正直な話、事前にやった数回の音合わせは、何となく集中できなかったな。特に本番と打ち上げでは「今頃、彼のお通夜が執り行われているんだろなぁ〜」と思うと「これからも元気で活躍して欲しい人」と「本人の意思とは無関係に、その望みを断たれてしまった人」という思いが交錯して、何とも言えない複雑な気持ちだった。ただそれは、バンドのメンバーやお客さん、雷神本人には関係ない話だ...とはいえ私ゃ「それはそれ、これはこれ」と割り切れるほど懐が広い人間とは言えない。めでたく、記念すべきライブと打ち上げだったが、十分に楽しめたかと言うと...良く解らない。

 

雷神には悪いが、ライブの話は後回しにさせてもらおう。

 

高橋卓二氏と最初に出会ったのは、80年代後半に札幌で立ち上がったプロジェクトに呼ばれた時。彼は当時既に「卓ちゃんなら、任せて安心」ってくらい定評があるオペレーターで、90年代前半くらいまでレコーディングやライブなどで一緒に仕事をしてた。当時の私としては小樽の田舎から呼ばれただけでも光栄だったし、私以外のメンバーや、彼を含めた一流の皆さんと一緒に活動できて、貴重な経験をさせてもらっていた時期だったな。

 

 

彼とは、妙に馬が合った。「演奏する側」と「スタジオのガラスの向こうや客席で『音』をコーディネートする側」という立場の違いはあったけど、ホント一緒に仕事をしていて楽しかった。機材を含め「レコーディングやライブ」に関連するあらゆる分野で、彼の豊富な経験に基づいた、大変参考になる話もたくさん聞かせてもらった。地方でのライブの時に彼の運転する車の助手席に座り、道中二人で色んな話に花を咲かせた事もあった。

 

一段落した後も、年賀状のやりとりは継続していた。何年か前からは「Facebook」でも繋がった。バリバリ第一線で活躍している姿も見ていたし、私も彼の投稿に、たまにコメントを寄せたりもしてた。

 

彼自身と最後に会ったのは、昨年11月末に小樽市マリンホールで開催されたゴスペルコンサートを観に行った時。開演前に客席を見渡すと、ミキサーの前に彼の姿が。で、終了後に早速駆け寄って「いやぁ〜しばらくだねぇ〜!元気そうで何より」とお互い言葉を交わし、お客さんがほぼハケる前までの短い時間だったけど、近況なんぞを語り合った。

 

そういや一昨年の年賀状だったかな?...「まっちゃんのベースが聞きたい」とコメントが書いてあったのも思い出した。

 

彼のような「裏方とはいえ、あらゆる意味で皆んなに、得難い安心感を与えてくれる」人って、そういない。私も含め、彼と一緒に仕事をした事がある人たちは、全員そう思っていると確信する。昨夜のライブの控え室でも、札幌に進出した事があるバンドのメンバーから、彼の死を悼む声を聞いた。

 

あれこれと色んな事を思い出す度に「え?俺って、このまま死んじゃうの?」と思ったかも知れない、彼の心の内を想像してしまう。それどころではなかったかも知れないが、いずれにしても体調不良を自覚した時の彼の不安を思うと、胸が張り裂けそうだ。そしてそれは、私の想像力の限界をはるかに超えている。私と同じ歳だよ、この私と...さぞ無念だったでしょう。

 

安らかにお眠りください。

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