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大寒波襲来

昨日(2月8日)から北海道には史上最強クラスの寒波が来襲し、一週間ほど気温が低い日が続くようだ。昨日は朝からポイントの凍結や車体の不具合等で、JRのダイヤはほぼ終日遅延・運休を乱発してグチャグチャ。にも関わらず夕方から、ウチのヤツは「小樽雪あかりの路」の初日という事で写真を撮りに出かけ、夜には私ゃ娘と待ち合わせて「焼肉」を食いに出かけた...詳細は次回に書くつもりだけど、実に根性ある家族だな(笑)

小樽市内は昨日、最高気温が -10℃で最低気温は -13℃だったらしく、終日氷点下10℃以下。北海道の冬とはいえ、ここらあたりでは滅多にマイナス2桁の気温にはならないから、相当なもんだよ。

 

ただし、出かけるにしても「完全武装」で出かけるからね。私ゃ数年ぶりに、冬の「シベリア」や「アラスカ」で普段着として使える(かも知れない)仕様のダウンコートを着用。だから、のしのし歩いていると、下手すりゃ背中に汗が...顔面以外は、あまり寒さを感じずに済んだ。その顔面も、これだけ凍れていると、何て言うか...寒いというより「凄まじいまでの清涼感」とでも言うの?雪は降っていたけど吹雪というワケじゃなかったし(しかも、サラッサラな爽やかすぎる雪)それに、身体的に寒さを感じなかったせいもあるかな。

 

小樽市内から峠を一つ越えた所にある我が家周辺では、今朝の最低気温は -15℃前後くらいまで冷え込んだらしい。昨日と違って、午後からは -6℃くらいになるみたいだけどね。本日も朝からJRの遅延情報が続々と入ってきてるけど、どこにも出かけないから関係ねぇ〜や。

 

そんな極寒の中でも、今朝もちゃんとシジュウカラの「シゲオ」が、元気に餌を食いに現れたよ。

 

 

しかし、寒くないのかねぇ〜...

 

やっとぬくぬくと暖まった室内で、冷たい缶チューハイ飲みながらこの記事を書いている身としては、何だか気の毒のような(笑)

author:松っあん, category:ほぼ日記, 11:51
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親父の誕生日

昨日は親父の満88歳の誕生日で、小樽市朝里川温泉にある日帰り温泉施設「湯の花・朝里殿」で、ささやかなお祝いを開催。本来なら昨年が「米寿」なんだろうが、うっかり忘れていてさ(笑)

 

お祝いには、我ら三兄弟とその奥さん連中、そして孫5人中3人が参加。今回は和食のコースにしたんだけど、中々美味かった。肉という肉が一切食えないウチのヤツも、これなら大満足。親父は私と真逆で、極端なまでに寒がり。なので、プレゼントには弟の発案で「超極暖肌着上下」をチョイス。中々おしゃれなバースデーケーキも添えてね(これも私と真逆...親父は甘いもの大好きで、全く酒が飲めない)

 

 

午前中からゆったりまったりと温泉に浸かり、お昼は和室で美味しい和食を堪能。和室の貸切時間を過ぎても札幌方面への送迎バスの出発時間までは時間があるから、その間も大広間で皆んなで思いおもいにのんびり過ごした(私ゃ再度温泉にゆったり入れたくらい)いやぁ〜...私ゃ結局、生ビールのジョッキを何杯飲んだか判らん(笑)たまにはこういう「ゆったり・まったり・のんびり」という三要素が全て揃った日があったって良いじゃないか。

 

親父はありがたいことに、身体的にこれといった重大な不具合はない。そりゃ歳が歳だから、寒いだの腰が痛いだの何だのと言ってるけど、でもそんなもんかな。むしろ4歳若いオフクロの方が「大丈夫か、こいつ?」という感じのボケを真顔で言う事があるな。まぁ過日、病院で認知症の検査を受けさせて同行したけど、先生によれば「投薬するまでもなく、年相応」って事なので、そんなもんかも知れないが。

 

まぁこの調子でいけば、余程のことがない限り「卒寿」までは大丈夫だろう。倅としては、大好きな親父には無事「白寿」も迎えてもらいたいのは山々だが...さて、どうなることやら。

author:松っあん, category:ほぼ日記, 17:34
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披露宴

27日(日)は、お馴染み「A.LIVE」で開催されたバンド仲間の結婚披露宴に参加。ほのぼのとした雰囲気で、心温まる披露宴だったな。

 

新郎も新婦も50代だし、色々な事情もあってデーハな企画は全くなかった。そうだな...ゆかりのあるバンドが何曲か演奏したくらいかな?でも、心から「おめでとう」と言い合える仲間たちだけに囲まれていた事は確か。良かったじゃないか...末長く御幸せにね。

 

 

一次会が終わり、その場で新郎新婦抜きで始まった二次会。さぁ、セッションタイムの始まりだ!...なのは良かったけど、いやぁ〜失敗した。こういう企画があるのなら、ストラップ持参で来るんだったよ。ステージには一次会で演奏したソーメーちゃんのベースが置いてあったので、そのまま借りてセッションした。そもそも弦高とかは余り気にしない方だから問題ないんだけど、でもストラップが長くてねぇ〜...ちょっと腰に来ちゃったんだよね。椅子を借りて腰掛けて演奏すりゃ良いものを、何かカッコ付けて立ったままヘソ以下に位置しているベースを弾いたもんだから、何となく自然に前屈みな姿勢のまま押し通したという...

 

やっぱ「自分の演奏スタイルにぴったりと合うストラップ」って重要だな。いつまたこういう機会があるか解らないので、昨日早速予備のストラップを注文した。届いたら、A.LIVEにHelenと共に置いておこう

 

私としては、ベース本体はいつもこれくらいの高さで演奏していて、これが一番弾きやすい位置なんだけど...

 

 

まぁでも、人それぞれだからねぇ〜...

author:松っあん, category:ほぼ日記, 21:35
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のぶちゃんとおばちゃん

私がガキの頃は、伯父貴だの母方のお婆ちゃんだの大伯母さんだの...とにかく親戚縁者の家に、一人で頻繁に泊まりがけで遊びに行ってたな。その中に、通称「余市(よいち...小樽市の隣町)のおばちゃん」の家があってね。おばちゃんと言いつつ、遠い親戚筋には違いないんだけど血縁はない。でも、おばちゃんは良く実家に寄ってくれてたし(私のオフクロとウマが合ってたのかな?)私もバスに乗って遠路おばちゃんちに遊びに行ったりしてた。で、おばちゃんちには「のぶちゃん」という私より2歳年上のお兄ちゃんがいて、おばちゃん共々私を可愛がってくれたんだよね。

 

「のぶちゃん」は末っ子だけど、やっぱそういう人って弟みたいな存在が欲しいものなのかな?おばちゃんの家は海岸沿いだったから海に連れて行ってくれたり、中学校のすぐそばだったから校庭でキャッチボールしたり。とにかく良く遊んでくれたし、おばちゃんも私を(今でも)「としちゃん、としちゃん」と呼んで、実に良くしてくれた...もう50年以上も前の話だけどね。

 

昨日は、その「のぶちゃん」のお通夜に行ってきたよ。

 

 

彼はだいぶ前に離婚したらしく、ずっと札幌で一人暮らしだったらしい。例年なら年越しはおばちゃんの家で過ごしていたらしく「今年はどうするの?」って感じで年末におばちゃんが電話したら、出なかったそうな。年が明けて再度連絡しても、携帯の電源が切れていたらしい。で、何日か前に小樽在住の娘(つまり、のぶちゃんのお姉ちゃん)に「(冗談半分で)死んでたら困るから、あんたちょっと様子を見に行って」と頼んだそうな。で、お姉ちゃんが見に行ったら死んでいたという...死亡推定日時は12月30日で、死因は「脳溢血」との事。

 

本人はもちろん寂しかっただろうが、かなり以前に長男に先立たれ(満58歳没)今また「のぶちゃん」(満62歳没)にも先立たれたおばちゃんの寂しい思いは、察するに余り有る。

 

のぶちゃんには、もう40数年以上会ってなかった。久しぶりの対面が、こんな形になろうとは...でも現在90歳になって、10年ぶりくらいに会えたおばちゃんは元気だったよ。昔と何にも変わらない...今でも月に何回かは小樽の「民謡教室」に通い、一人暮らしなのに雪かきも全部自分でするそうな。私に「90年も生きてりゃ、そりゃ色んな事があるよ」とさらりと話してくれたが、全然重みが違うなぁ〜

 

のぶちゃんは残念だったけど、お願いだから「余市のおばちゃん」は、できる限り長生きしてね。

author:松っあん, category:ほぼ日記, 18:13
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旨い酒を飲む会

2日のシルバーエイジ新年会に続いて、昨日(5日)は「とりあえずAsada Band」の浅田さん宅で「旨い酒を飲む会」に参加。何と今回は私への「お疲れさん会」も兼ねての開催という事で、いやぁ〜も〜すっかりご馳走になって来ちゃったよ。

 

というのも(度々触れてきたけど)昨年秋に浅田デザイン工房でアルバイトをしていてね。お手伝いしたビッグプロジェクトが完成して、そのお礼という事なんだけど...私が手伝える範囲が終わった時に「とりあえずAsada Band」のライブの打ち上げを兼ねて開催してもらっているのになぁ〜。だから今回は、浅田夫妻が友人たちとの「新年会」と同時に、それに加えて「おかげさまで無事完成して、その節はたいへんお世話になりました」というのが趣旨らしい...実にありがたい事です。

 

 

前回と同様、本間夫人の豪華な手料理がずら〜り...で、私の大好物のバーボンもずら〜り。いやぁ〜「食いも食ったり、呑むも呑んだり」って感じ。

 

出席者は、私と浅田夫妻、本間夫妻そして「(通称)ぶーちゃん」の6名。何でも本間さんの旦那さんは昨年暮れに胆嚢を摘出したという事で、今回の料理は「脂っ気」を感じさせないモノばかり。これはねぇ〜...日頃カロリーに敏感な私も「安心して思いっきり食える」と言い換える事ができるっしょ。おかげさまで、心ゆくまで高タンパク低カロリーな(しかも、おいしい)食い物を堪能できたよ!

 

何だかね...たかがバイトの身なので恐縮しちゃったけど、とにかく食い物が美味しくて酒も旨くて幸せ。途中1時間ほど寝落ちしたけど、13時から終電に間に合うように浅田宅を出た23時ちょい前くらいまで、ず〜〜っと飲んでた。「音楽」「バンド」「不思議な縁」「健康」「食い物」etc...誰一人説教を垂れるワケでもなく、皆んな面白おかしくワイワイ盛り上がって呑んで食って...実に楽しい一日だったよ。

 

終電に乗ったら、ダウンコートのボケットに1/3ほど残っている「EARLY TIMES」のボトルが入ってるのに気がついた。「本番中に皆んなでFourRoses(黒)は1本開けちゃったけど...そうだ、浅田さんが持たせてくれたんだった。いやぁ〜、楽しかったなぁ〜」と、電車ん中で一口ラッパ飲みしたのは覚えている。ただし、一口呑んだ後は「どこの駅で電車を降りたのか?」「どうやって家に帰れたのか?」「どうして今朝、自宅のベッドで普通に目が覚める事ができたのか?」全く記憶がない(笑)

author:松っあん, category:ほぼ日記, 02:28
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シルバー(世代)新年会

2日は、恒例の「シルバー新年会」に参加。今まで何年続いてたかは定かじゃないけど、私が顔を出し始めたのは仕事を辞めてから。メンバーは、私が「じゅうく・はたち」の頃に、イベントやバンド活動を通して知り合った連中...つまり、もう40年来の付き合い。構成も「年に一度、ここでしか会えない」人もいれば「私と同じバンドのメンバー」もいたりして、実に様々。

 

今回は会場が「A.LIVE」だったので、やろうと思えば昔懐かしい曲やブルースのセッションもできる。貸切だったし、昔話で大いに盛り上がったし、45年ぶりに弾いた曲もあったし、実に楽しい夜だった。が、ベースが壊れて、同時に私の腰も壊れたトホホな話は既出だな。

 

 

私も昨年60歳になったので、今回の参加者のうち50代は二人だけ。しかもその二人も、今年満60歳を迎えるという...何ともはや、40年前には想像を絶するような年齢構成になっちゃったよ(ただし、今回は欠席だったけど、最年長者でも67歳だけどね)

でもさ、お互い知り合った当時で20歳と27歳じゃあ相当ギャップがあるように思えたけど、今20歳の人がこの集団を見たら、見た目は全員大して変わらないはず(男子の場合ね)

まぁ身体的にちょっとした不具合を抱えている人もいるとはいえ、とにかく皆んなこうして元気な事が何より嬉しかったね。

 

 

本来ならこの場にいるべき人が亡くなってから久しいし、60歳になった私ゃ、今回で彼女より数ヶ月は長生きできている事を実感。来年も誰一人欠ける事なく再会する事を誓い合って、お開きとなりました。いやぁ〜、楽しかった!

 

来年からは「シルバーメタリックエイジ新年会」とタイトルが変わるそうですが...どういう意味だ?(笑)

author:松っあん, category:ほぼ日記, 21:08
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実家忘年会

先週土曜日(22日)は、実家に一族郎党が集合して忘年会。このテのイベントがある時は、昼間にまず実家に集合するのがお約束。んで、でれでれだらだらと飲んで食った後は、夕方から予約済みの居酒屋チェーン店へ...というのが定番。

 

親父・オフクロ・兄弟三人(私が長男で、4歳離れた二人の弟は双子)は、文字通り血縁。でもウチら三兄弟の奥さん達は、率直に言うと「全くの赤の他人同士」...共通項は「旦那たちが兄弟」というだけ。でも彼女たちが、我ら三兄弟を肴にした話題を中心に「あ〜でもない、こ〜でもない」と、実家でお互い盛り上がってるのを見るのは大好き。

 

 

ところで全然話は変わるけど、何年か前から自分の奥さんを指して「うちの嫁が...」というフレーズを良く聞く気がするんだけど、あれってどうなのかな?...どうなのかな?ってのは「恥ずかしくないのかな?」っていうか「良く照れずに言えるよね」ってイメージ。若い夫婦ならともかく、けっこう幅広い年齢層の既婚男性に浸透しているみたいなんでね。

 

自分の奥さんの事を何て表現しようが勝手なんだけど、私ゃ自分の配偶者に「うちの嫁が...」なんて表現はムリだな。

 

タイトルとは全く無縁な話に脱線したけど、とにかく今年も多少の波風はあっても、何だかんだ言って私には平穏な1年だった。来年はどんな年になるのかな?

author:松っあん, category:ほぼ日記, 20:45
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訃報:ヨシローさん

昨夕、Newportのマスター英貴ちゃんから電話があってね。「ご無沙汰してます...訃報です。ヨシローさんが亡くなりました」「えっ!」

 

以前「とりあえず Asada Band」でご一緒させてもらった「ヨシローさん」が亡くなった。享年は判らないけど、たぶん70歳前のはず。ここ数年はすっかりご無沙汰だったけど、最近ガンが発見されて闘病生活していたらしい...心からご冥福をお祈りいたします。

 

 

私が「とりあえず Asada Band」に参加したのは、2011年の9月。ず〜っと以前から浅田夫妻と組んでいたヨシローさんとは、もちろん初対面。でも、とにかく最初っからお互い波長がぴったり合って、実にウマが合う人だった(初対面ではあるけど、実は深〜い所で私と繋がっていて驚いたのは、よろしければリンク先をご参照下さい)

 

諸般の事情で、ご一緒できたのは1〜2年くらい。でもその間、浅田夫妻宅で音合わせの時は(彼の自宅が石狩方面だったこともあって)帰りは私んちまで車で送ってもらって、車中色んな音楽談義で盛り上がった...懐かしいな。何ていうか、浅田さんが「叔父貴」という存在ならば、ヨシローさんは本当に「兄貴」と呼べる存在だったよ。

 

 

音楽を通して、世代を超えて巡り会えた仲間を失うのは悲しいね。それに、ちょっと前まで私の隣でギター&ボーカルを披露していた人が旅立っていったなんて初体験。何ていうか...「諸行無常」という意味は頭の中では理解しているけど、でも現実として受け入れるのは難しい。

 

May his soul rest in peace.

author:松っあん, category:ほぼ日記, 08:19
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天候不順

ここしばらく、ずいぶん不安定な天気が続いてる。雪が降る前って、毎年いつもこんな感じだったっけ?

 

先の日曜日...二階の窓から見える春香山の麓の桂岡近辺は秋晴れなのに、我が町内は暗くて冷たい雨。雨が収まって明るくなってきて「これだけ雲が高けりゃ、もう雨は降らんだろう」と思って、歩いて5分ちょいのセイコマに買い物に...で、用事が済んで店を出たら、いつの間にか暗くなっていて雨。

 

雨が降ってる時は基本的に外出しないんだけど、どうしても電車に乗って出かけなきゃならず、傘をさして家を出たら駅近辺は晴れ。振り返ると、暗雲垂れ込めて雨が降っているらしいのはウチの町内方面だけ...何だよぉ〜、ウチの町内だけピンポイントで狙われてんのかよ?

 

 

まぁ小樽方面行きのホームに立ってたら壮大な虹が見えたから、何となく得した気分にはなったけどね...あくまで「何となく」だけど。

 

今週は雪が降るのかな?何でも良いから、雨はもう勘弁してほしいな。昨年みたいに「11月15日に降った初雪が結局融けずに根雪になって、その後も雨は降らずに冬に突入」てぇ〜パターンが理想的。雪は、積もったら積もったでやっかい...でもこの時期、冷た〜くべちょべちょなミゾレよかは遥かにマシ。

 

さぁ、いくらなんでも明日は...クローゼットを「冬仕様」に配置転換しますわ。

author:松っあん, category:ほぼ日記, 20:08
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60周年

「『東京通信工業』が『ソニー』に社名変更」「世界初のインスタントラーメン『チキンラーメン』発売」「日本初の缶ビール『アサヒゴールド』発売」「東京タワー完成」...これらのイベント、全て60年前の1958年(昭和33年)の出来事。

 

んで昨日、私も満60歳の誕生日を迎えてね。指折り数えるに「21,915日(=525,960時間=31,557,600分=1,893,456,000秒)」生きた事になった...って、気が遠くなるような日数や時間のような気もするが...ん〜〜〜長かったような、でもあっという間だったような。

 

昨日は彼岸だったので、身内が実家に集まってね。ついでに私の「満還暦」のお祝いをしてくれたよ。で、双子の弟たちから手渡された記念品は「赤いアロハシャツ」+「フォアローゼス」と「赤いヨットパーカー」+「自家製コーヒー酎」...どちらもアルコールが添えてあるあたり、さすが心得ていらっしゃる(笑)

 

 

両方とも「赤」っていうより「上品なエンジ」って感じ。アロハの方は「夏の野外ステージ」で着れるし、パーカーは、ウチのヤツから庭周りの仕事を頼まれた時にも重宝しそう...有り難く着させてもらうよ。弟たちからプレゼントもらうってのは、嬉しいもんだな。

 

昼間は実家、夜は居酒屋で一席設けてもらって、身内みんなで昔話とかで大いに盛り上がった...楽しい誕生日だったよ。

 

何年かに1度の例外はあるものの、基本的に「9月23日」は「秋分の日」。つまり私の誕生日は、全国民がお祝いしてくれる祝日なんだよね。だからガキの頃は、誕生日と言ってもバースデーケーキの記憶はなく、毎年母ちゃんが作る「おはぎ」でお祝いだった。もっとも「誕生日にケーキ」なんて、経済的余裕もなかっただろうが。

 

ちなみに私の弟たちは「2月11日」の「建国記念日」生まれで、これまた国民の祝日...実におめでたい兄弟だ(笑)

author:松っあん, category:ほぼ日記, 21:24
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